まずは認知症に関する基礎知識をつけましょう。

脳と記憶のメカニズム記憶は2種類ある

 

2種類の記憶と3つの脳

人間の脳は、3つの部分から成り立っています。記憶する内容によってそれぞれの部位を使い分けています。
記憶には2つの種類があります、頭で覚える陳述的記憶(ちんじゅつてききおく)と、体で覚える手続き記憶(技の記憶)です。
それぞれの記憶と関わっている脳の部位について詳しく見ていきましょう。

人間の脳には「3つの動物」が住んでいる?!

人間の脳の成り立ち

▲人間の脳の成り立ち

地球上に生命が生まれて三十数億年。その間に、生き物の脳もゆっくりと進化し、今の形になっていきました。
人間の脳には、その進化のなごりが受け継がれています。人間の脳は、以下の3つの部分から成り立っています。

脳幹(のうかん)
は虫類の脳といわれ、呼吸、体温、ホルモン調節といった生きるための基本的な働きをしています。脳の一番奥にあります。
大脳辺縁系(だいのうへんえんけい)
馬の脳といわれ、喜怒哀楽などの感情をつかさどる部分です。これは、脳の真ん中にあります。
大脳皮質(だいのうひしつ)
人の脳といわれ、見る、聞く、さわる、味わう、においをかぐという感覚の五感や、運動、言葉や記憶、思考などの高度な機能を果たしています。
脳のいちばん外側の部分です。

この3つの脳は、互いに密接に協力して働きます。
私たち人間はこの3つの脳を同時に使いながら、人間らしい豊かな精神活動をしているのです。

漢字を覚える「記憶」と泳ぎ方を覚える「記憶」って同じもの?

頭で覚える記憶と体で覚える記憶

▲頭で覚える記憶と体で覚える記憶

記憶には、頭で覚える陳述的記憶(ちんじゅつてききおく)と、体で覚える手続き記憶(技の記憶)の2種類があります。

難しい漢字を覚えたり、数学の公式や歴史の年号を覚えたりするのが陳述的記憶です。
海馬は、陳述的記憶をする時に大切な役割をはたします。この記憶は一度覚えても案外忘れてしまいます。

手続き記憶は、自転車の乗り方や泳ぎ方などを覚える記憶です。一度しっかり覚えれば、なかなか忘れることはありません。
たとえば、自転車に10年間乗っていなかったとしても、体が覚えているのでちゃんと乗ることができますよね。これは手続き記憶のおかげなのです。

この2種類の記憶は、両方とも脳を使って記憶している点では同じです。
しかし、記憶するためのプロセスがちょっと違います。

“手続き記憶” はどこに?

手続き記憶が貯められる場所

▲手続き記憶が貯められる場所

手続き記憶(技の記憶)で中心的な役割をはたしているのは、海馬ではなくて脳のずっと奥にある大脳基底核(だいのうきていかく)と、後ろ側の下のほうについている小脳です。

大脳基底核は脳が体の筋肉を動かしたり止めたりするような割とおおざっぱな動きを、小脳は筋肉の動きを細かく調整しスムーズに動くために働きます。

こうして体で覚えた手続き記憶は、消えることなく、いつまでも私たちの脳に刻み込まれるのです。
私たちが一生懸命に体を動かし、何度も失敗をくりかえしながら練習するうちに、「大脳基底核」と「小脳」のニューロンネットワークが正しい動きを学んで記憶していくのです。

運動神経がいい人 そんなヒトはいない?!

スポーツ万能な人のことを「運動神経がいい人だ」なんて言いますよね。
ところが、医学的にいうとこの表現はあり得ないのです。
なぜなら、運動オンチの人もスポーツ万能の人も、みんな運動神経は同じものだからです。
この運動神経というものは鍛えて太くなるものでもありませんし、生まれつき特別に発達しているものでもありません。
ですから、スポーツ選手は特別な運動神経を持っているわけではないのです。
では、スポーツ選手とあなたの運動能力に差があるのはなぜでしょう?

筋肉の発達は大きな要素ですが、それ以上に運動能力に深く関係があるのは、実は小脳の中の記憶なのです。

たとえば、長い距離を泳ぐための練習を繰り返したとします。
最初は5メートルも泳げなかったとしても、練習を繰り返していくと、次第に長い距離を泳げるようになっていきますよね。
これは練習を繰り返すことで、小脳の中に筋肉をもっとも効率よく動かせる回路が作り出されたからなのです。
訓練というのは、何度も何度も練習することによって「どの筋肉を、どの程度動かせば長い距離を泳げるのか」といったことを試行錯誤し、小脳の中に最適な動きをするための回路をつくっていく作業のことなのです。

ですから、訓練を繰り返し、小脳にその情報を叩き込むことができれば、誰だって運動能力を向上させることができる、というわけです。

パーティーの計画には “前頭連合野“ が大活躍!

心の黒板

▲心の黒板

ワーキングメモリー

▲ワーキングメモリー

あなたの大親友が結婚したとします。そのお祝いにあなたはその大親友を驚かせようと、内緒でパーティーを計画することにしました。
さて、そんな時、あなたならどうしますか?

誰をパーティーに呼ぶのか、会場はどこにするのか、予算はいくらか、どんな催しを行うのか、どんな食べ物や飲み物をどのくらい準備したらいいのか、などたくさんのことを決めなくてはいけませんよね。
また、そのためには以前の成功例や失敗例を思い出すことも必要です。

このように、1.自分の意志で何かを計画し2.それを行うためのプランを立て3.成功するために動くという場面で大活躍するのが前頭連合野(ぜんとうれんごうや)です。
前頭連合野は1~3のほかに4.反省もする脳の最高司令官と言える重要な場所です。

前頭連合野は、人の脳と呼ばれる大脳皮質の中にあります。
前頭連合野は、脳のあちこちにファイルされている情報をかき集めて、一時的に保存することができます。
そして集めた情報を組み合わせたり、ばらばらにしたりして、「これからどうするか」といったことを検討するところです。
その働きがまるで黒板にいろいろな情報を書き並べて作業しているようなので、心の黒板とも呼ばれています。

前頭連合野が行う、心の黒板のような働きをワーキングメモリーといいます。
このワーキングメモリーという記憶によって、人間はほかの動物とは違うことを考えられるのです。
ワーキングメモリーは記憶の一種ですが、人間の自意識につながるような脳の情報処理のもっとも高度な働きともいえます。

いろいろな情報を組み立てて問題を解決するとき、このワーキングメモリーが威力を発揮します。
そういう意味でいえば、ワーキングメモリーこそ人間特有の記憶なのかもしれませんね。

新しい記憶は海馬に、古い記憶は大脳皮質に

海馬とは?

▲海馬とは?

アルツハイマー型認知症になると、最初にダメージを受ける場所、それが海馬です。
では、なぜ海馬が損傷すると記憶障害を起こしてしまうのでしょうか?

大脳辺縁系の一部である海馬はタツノオトシゴのような形をしています。海馬は人間の脳のなかでも非常に重要なところ。
人間が人間の生活を送るために、生物が生きていくために必要な器官で、形、匂い、音などに関連した様々な情報を取りまとめて、物事を記憶する仕組みに重要な役割を果たしています。

日常的な出来事や勉強などを通して覚えた情報は、海馬で一度ファイルされて整理整頓されます。
その後、必要なものや印象的なものだけが残り、大脳皮質に溜められていきます。
つまり、私たちの脳の中で新しい記憶は海馬に、古い記憶は大脳皮質にファイルされているのです。

ですから、海馬が正しく働かなくなると、私たちは新しいことをうまく覚えられなくなってしまいます。
つまり、昔のことは覚えていても、新しいことはすぐに忘れてしまうのです。
アルツハイマー型認知症の方がついさっきのことを忘れてしまうのはこのためです。

海馬とヤマブシタケ

初恋の甘い記憶も海馬のおかげ

初恋の人を思い出すことができますか?

▲初恋の人を思い出すことができますか?

あなたは初恋の人を思い出すことができますか?
初めて会った日のこと、その人の顔や名前など、まるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができるのではないでしょうか。

記憶は大きく2種類に分かれます。ひとつが一夜づけの試験勉強をしてもすぐに忘れてしまう「短期記憶」。
もうひとつが、一度覚えたら1年も2年も記憶に残っている「長期記憶」です。
海馬は長期記憶を蓄積しません。ですが、長期記憶を作り出す際にも海馬は重要な役割を果たしているのです。

新しく長期記憶を作るというのは、たとえば、初めて会った人の顔を覚えて認識したり、電話番号や見知らぬ場所への道順を覚えたりすることです。
これが成功するかどうかは、実は海馬が正しく機能するかどうかにかかっているのです。

「交通事故にあった人は、その時の情景を細かく覚えている」という話をよく聞きます。
このことから、鮮烈なできごとは記憶に残りやすいことがわかります。
つまり、海馬が受ける刺激が強ければ強いほど長期記憶になりやすいといえます。
初恋が一目惚れだった方にとって、相手の方と出会った日のことは非常に衝撃的だったはずです。
だから、短期記憶の海馬から長期記憶の大脳皮質に、その記憶がファイルされたわけです。

また、海馬に蓄えられた記憶を何度も出し入れすることで、記憶が定着しやすくなると考えられています。
初恋の相手の名前を声に出して呼ぶことは当時恥ずかしかったとしても、好きな相手の一挙手一投足を見つめ、表情や声色を記憶して、それを思い出してはボーっと過ごした、なんて経験は誰しもあるのではないでしょうか。
こういったことを繰り返し行ったことで、初恋の人の顔やしぐさを、あなたは今でもとても鮮明に覚えていられるのです。

ところが、海馬が傷ついてしまうと、長期的な記憶を作り出すことが困難になってしまいます。
長期記憶をするためには、まず短期記憶という工程をふまなければならないからです。

たとえば、今日あなたがアルツハイマー型認知症の方とお会いし、色々と話をしたとします。
あなたはきっとそのことを翌日になっても覚えていられます。
そして、ウマが合ったり、楽しい時間を過ごしたりしたのなら、そのことをずっと覚えていられるかもしれません。
しかし、アルツハイマー型認知症の方にはそれが難しいのです。
たとえ明日あなたとばったり出会ったとしても、過去に会ったことのある人だという認識ができません。
つまり、新しく入ってくる情報をうまく処理することができないのです。

ところが、事故や手術などで海馬を失ってしまった人でも初恋の記憶はしっかりと覚えているものです。
こういったことから、海馬が損傷したとしても大脳が残っていれば、昔覚えた長期記憶は保たれることがわかっています。

海馬は「過去」と「今」の記憶をつなぐコネクター

海馬は短期記憶のほかに、脳の別の部分にある過去の記憶から、必要なときに必要な情報を瞬時に引き出し、状況に応じて分析する役割も担っています。

たとえば、あなたが道を歩いていて、突然曲がり角から車が出てきたとします。
そのとき、あなたはとっさに車を避けようとしますよね。これは脳に蓄えられた「危険」という情報を海馬がサッと引き出し、体に「避難しろ!=動け!」と命令を下すことができるからです。
ところが、海馬がなくなってしまったり損傷したりすると、危険が危険だという認識ができなくなってしまいます。
その結果、車を避けるという当たり前の行動ができなくなるのです。
アルツハイマー型認知症が進行し、海馬の損傷がひどくなると、こういった生きるために絶対的に必要な記憶を引き出すことすらも曖昧になってしまうのです。

海馬とヤマブシタケ

繊細な記憶の司令塔

海馬の敵

▲海馬の敵

海馬は非常に高性能で記憶の司令塔とも言える重要な器官ですが、大変繊細で壊れやすい精密機械のような性質を持っています。
例えば酸素不足で脳がダメージを受けると、最初に海馬あたりから死んでいくといわれています。
また、とても強いストレスにさらされたときにも海馬は壊れてしまいます。
「サリン事件」や「阪神大震災」が起こった際に、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という言葉を耳にしたことがあると思いますが、これは極端な恐怖やストレスで海馬に異常が現れる病気です。

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